俺と黒井指夫氏の出会いは随分前に遡る。
俺はまだ学生で、親の勧めでアメリカは南部に留学していた頃のこと。
New Orleansのとある場末の映画館、もうリリースから数ヶ月も経った Malcolm Xをやっと見にやって来ていた。
すでに "X" キャップは B-Boy のワードローブからとうに消えるギャップがあった。Common が "I Used To Love H.E.R." で、Talib Kweli が "For Women" で言ってたように、その頃流行った Afro American は Black や Nigga に戻っていた。
それでも HipHop をその数年前から真剣に聞き始めてから聞いた、Public Enemy、Paris、Ice T、Ice Cube 等、 conscious rap と呼ばれるポリティカルなメッセージを含む rap の影響は強く残っていた。彼らの lyrics を理解するためには、当時の俺には Black Culture、History を一から勉強することを要求した。彼らの歴史的、社会的背景を知る必要があった。彼らのインスピレーションの源である、Black の歴史上欠かせない人物とその意味を知ることだった。そこで始めて、彼らから放たれたメッセージを受け取り、自分のリアクションがあるのだと。
Conscious rapper のライナーノーツにはほぼ常にこの名前があった、 Malcolm X。
America の Black のみに信仰される Islam、Nation of Islam という言葉も同時に目にする機会があった。そして買った "Autobiography of Malcolm X" 。そのインパクトは簡単に忘れられるものではなかった。人種、宗教を越え、人間としてなぜ影響力があるのかは、読むほどに明らかなる。俺の ”Must 本 Top 10 リスト”に入るのは確実な本であった。その本が映画化される、しかも"Do The Right Thing" の Spike Lee がこの本をベースに彼のヒーローをスクリーンで甦らす。デンゼル ワシントンがあまりにも本人と似てる、ということもソソる要素だった。ストーリー、自分の解釈、理解度を再確認し、 Spike Lee の描き方とを比べるためにもう一度読み直したのを覚えている。
ガラガラとは言えその映画館で Black 以外は他にはいないようだった。スクリーンに60年代の Harlem が映る。Muslim になる前の Malcolm が当時のサグのファッションに身を包み相棒と颯爽と歩いている。数列前に座ったおじいちゃんが隣の孫らしき子供に、「That's the Zoot suit.」と、うれしそうに話すのが聞こえてきた。
映画が終わり、出口に向かって階段を上って行くと、そこで始めて彼の存在に気付いた。最後尾の列に座っていた彼に、薄暗い照明の中では気が付くはずもなかった。ハットからサングラス、スーツ、シューズにいたるまで黒ずくめに、鈍く光る金のタイという出立ち。全ての照明が付いた今、一つの席にのみに残された闇は逆に嫌が応でも目を引いた。そして足下にはその格好とは到底アンバランスの空になった Large size のポップコーンのバスケットと、これまたLarge size のソーダのカップ。さらに、ハットの下に見え隠れする彼の顔の肌の色が驚きと共に目を奪う。”相当 Funky なアジア人”というのが彼の第一印象だった。
闇は独特な近寄り難いオーラを放っていた。しかし彼に抱いた親近感と好奇心は堪え難い誘惑となって、奴とコンタクトしろと俺をせっつく。意を決して注意深く英語で話かけると、こちらもまた注意深く一定の距離を取りながら、「My name is Kuroi, ゲェップ!...おっと、 Excuse me...」流暢なカタカナ英語だ。サングラスの奥の見えない目がこちらの動きを逐一監視している。「日本人の方ですか?」と言うと、「あれっ? なんや日本人、Chicano かなんかの Gang かと思たわ。」緊張をときつつある彼に笑いながら右手を差し出すと、差し出された右手の指先は、先ほどまで食べていたであろうポップコーンに付けた多分バターディップの油がまだぬらぬらと虹色の鈍い光沢を放っていた。以来彼との付き合いが始まり、付かず離れず日本に帰ってきた今でも親交は続いている。
先日、黒井氏から久々にメールが着た。彼の馴染みのクラブで彼のバースデーパーティーをやるという、その招待状だった。彼が誕生日パーティーをやるというのも意外だったが、それに俺を呼ぶというのはこれまででも始めてのことだった。また彼の放つ堪え難い誘惑に惹かれつつも、元来社交性に乏しくアメリカに行ってもパーティー事だけはなるたけ避けて通ってきた俺は、オープン間近かの人気の少なそうな時間を選んで会場に行った。しかしながらそこは特筆すべきお店だったのでここで紹介させて頂きたい。尚、取材の際、惜しみない協力をして下さったお店の方々への感謝の意をここで改めて述べさせて頂く。
場所は黒井氏のプライバシーのため詳しくは言えないが、渋谷某所。
黒井氏の友人であるM氏の経営するという会員制高級クラブ。紹介された時、彼が大きな犬を真夜中に散歩しているのを見た記憶が甦った。一歩足を踏み入れるなり、店内の隅々にまで目が走る。なぜ黒井氏がここに通い、そして今回俺を誘ったかがすぐに理解できた。壁一面に飾られた無数の金縁の鏡、天井にはこれまた無数のシャンデリア。ベロアのような質感のソファーに、またもや金縁のグラステーブルの数々。そして Band の代わりに十分なスペースを取って設置された Dj ブースからは、 Funk/Soul/Club Jazz/Broken Beats/HipHop と、今ではナイトクラブライクなジャンルの Hip な音楽がかなりの音量で流れている。10数年前のあの日あの映画館で見た、華やかかりし頃の Harlem が現代版 Tokyo バージョンでここに再現されていた。
オーナーのM氏に話を聞くと、元々音楽を売りにするナイトクラブに縁のあった氏が、新たなコンセプトの”クラブ”を創設すべく作ったお店だという。言わばクラブの Crossover というわけだ。なるほど店にはホステスだけでなくホストもいる。ここでは男性の客と女性の客が混在し、全員があたかもホステスクラブ/ホストクラブのように接客される、世界でもまれな異空間であった。そしてこのような場所で働くお店の従業員達はやはり一癖も二癖もあるようで、オーナーの意
図を理解しようとしまいとここにあるシャンデリア以上に綺羅びやかな彩りを添えていた。

左に映るのがマネージャー兼バーテンダー兼セキュリティーの”ボス”。
極端に口数の少ない男だったが、学生時代にラグビーで鍛え上げたその体は万語に勝る威圧感を持っていた。しかもカクテルを作るその指先は確実かつ華麗、繊細。
その隣に映るのはこの店のアイドル的存在、”サーヤ”。可愛い外見とは裏腹に、大阪は下町生まれのずけずけ言う気質が彼女の魅力。か細い身体ながら、この個性的な店でやっていける図太い精神の持ち主のようだ。彼女に怒られに来る顧客も多いという。

左がここのママ、”マリリン”。派手な装いと極端に気軽で Funky なノリで、店に来た全ての客をネクストレベルにまで盛り上げる。根っからのパーティー好きを装いつつも、実は全ての面に対しお客に気が付かれないよう気を配るさまは本物のプロを感じさせた。たまに、難しそうな客が来た時に見せるボスへのアイコンタクトはその顕著な証拠であろう。
右に立つのは現在 No. 1のホスト、”北斗”。60年代の Harlem のTokyoバージョン、イコール同時代の六本木のラテンクォーター等に代表されるようなキャバレーのイメージを想像した俺には、かなりのツイストで新宿 Flavor をかもし出していたのが彼であった。こと女に関しては無論一流なのだが、二人で話をしてる最中に見え隠れするシャイでピュアな一面は彼の素朴さを表していた。

左端に映る”星矢”はオープン当初からいるホストで北斗の先輩に当たり、マリリンと共にフロアを仕切る存在。仕事振りから見てもいかにも繊細な彼は、ウェブサイトのビジュアルを作る仕事を兼業しているという。インタビューの最後に彼がポツッと言った、「ヨーヨーの世界チャンピオンになるのが夢なんだよね。」という言葉が深く印象に残った。

最後に紹介するのは、この店のクローク係であり御意見番、”加賀”氏。両手にはめた手袋が預けられたお客の手荷物、コートに己の指紋を一つも残さないという彼のプロ意識、実直さを証明するのは明らかだった。それでも帰りの際手荷物の返却を求める客に対し、荷物の入った袋を二つ差し出し、「さあ、目の前には二つの等しい大きさの袋があります。あなたの荷物はどちらでしょう?」というようなおちゃめ振りも発揮していた。営業中彼が他のスタッフと会話する場面は一度も見なかったが、彼が全ての状況に目を配り、ボス、マリリン、星矢が下す状況判断を無言で確認するさまは、さながらチームの監督にさえ映った。
黒井氏が懇意にする訳である。ワケあり、毒々しさ、なおかつスタイリッシュに彼は目が無い。しかもスタイルは重要だが、その根本に位置するものが何かを彼は知っている。やはり人なのであろう。こんな個性的な内装の店に、その装飾に負けないほどの個性を持った従業員達がいる。こんな店世界中探してもそうはないだろう。いったいどうやって探してきたんだ?
黒井指夫氏の多くを俺は知らない。10年以上経った今だに謎多き人物である。
次に彼に会えるのはいつだろう。楽しみに待つこととする。

(text : SEY)